| 黒姫山のサンカヨウの群生の衰退 タヌキの溜め糞 下の写真は、今から25年ほど前(2001年頃)の写真である。後方に列状にサンカヨウの小群生が見られる。この写真は本種の群生を撮ったものではなく黒姫山越えの記念に撮った人物写真である。したがって、背景のサンカヨウの様子は群生の全体をとらえてはいない。 群生の実態は、下写真の向かって右端から下方に膨らんだ形状で広がっていた。その膨らみの群生の広さは約10坪ほどと記憶する。 ところで、ここのサンカヨウの群生は、筆者の長男が小学生のころ(1980年頃)には、ゆうに50坪をこえていた。近くには、石黒で「マキノ沢」と呼んだ沢が流れていたがその近くまで自生していた。たしか、長男とその群生の間近に陣取り、近くで採ったウドを具に沢の清水で味噌汁をつくり朝飯を食べた事もあった。 ところが、その後サンカヨウの群生は急速に縮小し、一時は群生が消滅するのではと思われた。原因はそのころ野草ブームで黒姫山とその周辺でヒメシャガ、キンラン、ギンラン、シラネアオイなどの比較的珍しい植物の盗掘が多く見られたことから、サンカヨウも盗掘によるものかとも思われた。 しかし、その減少の進み具合があまりにも早いので過剰繁殖が原因かとも思ったが、種では考えられないとのことを知り見守ることにした。 その後も5月の黒姫越えは欠かすことはなかったが、サンカヨウは小群生と呼べる程度を保って辛うじて生き続けてきた。 ところで8年ほど前の事になるが、下写真の上部の山道の山側斜面が崩れ落ち、その土が道に沿って流されて広がり積もった上に無数のサンカヨウの実生が見られた。 実生は路肩のみならず道の中央にも見られ、人の足に踏まれたものも多く見られた。私はこの有様を見て驚くと同時に、このように多く種子が限られた場所に散布され発芽した仕組みが全く見当がつかなった。 タヌキのため糞 ![]() その疑問はその後もずっと私の頭の隅に残っており、サンカヨウの実物や写真を見るたびに思い出された。そうこうしているうちに私も88才となりフィールドワークもままならず、いつも一緒に黒姫越えをした親友(下写真右)もこの世を去り、50年も続けた黒姫山越えは途絶えてしまった。 ところが、先日「石黒の昔の暮らし」のサイトの見直し作業をしているとき、タヌキのページの中の一枚の写真を見て釈然とするものがあった。それはタヌキの溜め糞の一枚の写真であった。私の30余年の植物観察時に故郷の山で最も多く出会った獣がタヌキである。とくに過疎化が進んでから村の道路や家の周りでも良く出会った。中には人慣れした個体もあり、「おい、ちょっと待て!」と声をかけるとこちらを見て立ち止まるタヌキもいた。まるで自分も村人の一人だと言わんばかりの様子がいかにも可愛かった。 さて、話を戻すが、一方でこのように多く生息している雑食のタヌキが植物の種子散布に果たす役割は大変大きいのではないかと思われる。故郷の山をくまなく歩いたが、各地でタヌキの溜め糞に出会った。時には持ち帰り内容物を調べたいと思ったが遂に実行できなかった。 しかし、上の写真を見る限り、かなり小さな種子らしいものも見受けられる。ということは、サンカヨウの果実の種子も混入している可能性は高い。特にここマキノ沢沿いにはサンカヨウが多く見られることからも、この山道のサンカヨウの夥しい実生の謎も解けそうな気がする。つまり、勾配のある山道の前方にあったタヌキの溜め糞が、崩れ落ちた土と一緒に道に広がり適度な土をかぶって発芽条件を満たし発芽したとの推理である。 しかし、これはあくまで推理から導いた仮説にすぎない。ここからは、実験、検証が必要である。今の自分に体力があるなら、種子散布の時期に峠を訪れタヌキの溜め糞を採取して持ち帰り、畑の隅に撒いて発芽した個体を調べてみたいものだ。発芽し成長するに従い個体名が明かになる、何と楽しいことであろうか。かなわぬ夢で終わるかも知らないが、挑戦してみたい新年(2026)の夢である。 (2026.1.20 推敲中 大橋寿一郎) 写真に見られるサンカヨウの小群生 ※背景の斜め上に伸びてやや大きな群生をなす(右上の群生は5坪ほど) ![]() |