土の香り
 土の香りをもっともよく知っている人は多雪地帯に育った人だと思います。私もその一人です。私が生まれ、子ども時代を過ごした石黒村は新潟県でも最も雪の多く積もる地域の一つです。
 とくに私が子どもの頃に大雪が続き、3mの積雪は平年並みという感覚であったように思います。そして4mを越えると大雪ということになり、5mを越えると豪雪といわれていたように思います。
 そんなわけで12月半ばから3月末まで大地は数mの雪におおわれしまうのでした。
 冬が特に厳しい姿を見せるのは1月の下旬から2月の中旬にかけてでした。猛烈な吹雪が数日にわたって続き、大地の木々までが雪に包まれてしまい白一色の世界が出現しました。終日雪が降り続き、1日に3回も雪踏みをして隣の家までの道を作らないと行き来ができなくなります。
 しかし、2月の下旬になりますと、雪が下だまり締(し)まってきます。そのころの雪は湿り気の多くスキーのスピードも出なくなります。そんな時に雪の表面をよく見ると黒い小さな虫で出会います。
 これが、「ユキムシ」と私たちが呼んだセッケイカワゲラトビムシです。この虫たちは一体何を食べて生きているのでしょうか。私は不思議でなりませんでした。(興味のある方はHPでごらんください)。
 そして、3月に入ると春の花で最も早いマンサクの花が咲きだします。雪の上に出ている枝のツボミがほぐれ始めたころに私たちは、それを手折って家に持ち帰りましたが、枝を折り取るに苦労しました。とてもねばりのある木なのです。
 さて、そのころになると山の斜面に段差のある所が、穴状に地面がのぞいている所が見られます。私たちはそこを
「はっぽう」と呼んでいましたが好んでそこを訪れたものです。そこには、長い間見なかった地面、それも鮮やかな緑色のさまざまな草や小さな木が見られます。よく見ますと、シュンランユキワリソウトキワイカリソウなど、またヤブコウジなども生えています。私たちは、久しぶりに友達に会った時のようなうれしい気持ちになりました。ふと気が付くと懐かしい香りがただよっています。そうです、土の香りです。初冬の初雪の朝、庭に飛び出した時の雪の香りを胸いっぱいに吸ったよう時のように私たちは地面に鼻を近づけるようにして数か月ぶりで出会った土や草木の香りに酔(よ)いしれたものです。これは、雪国に生まれ育った人だけが経験できることかもしれませんね。
 そして4月に入ると、庭先の未だ1.5mもある残雪をスコップで掘って地面を畳(たたみ)3枚分ほど出して、そこで男子はビー玉や釘たて、女子は輪っとびなどをして遊びました。あたりは土の香りがただよって私たちはとても幸せな気分になりました。ビー玉遊びで地面に鼻がつくような姿勢で相手の玉にねらいを定めた時の土の香りを80才を過ぎた今でも忘れることはありません。
 それは、当然のことかもしれません。だって、大地は生物の一員である私たちを生み育ててくれた母のような存在なのでから。

編集会 大橋寿一郎