御巡行に付き御尋の節申し上け゜可覚書 宝暦11 市史資料  用語の手引き
   宝暦


巡行


覚書


地子


高辻





石盛





※「屋敷石盛二十」とは
余ほど立派な屋敷であったのであろうか。
 
  

    覚
 柏崎町屋敷並びに田畑御地字高辻
 一 高二百九十一石三斗六升五合
  この訳

 屋敷二十町四反四畝歩
 石盛上二十より下に四つ迄
 免五つより四つ迄  


 宝暦十一年辛巳年五月十日
             これを写す
 御巡行に付き
 御尋ねの節申し上ぐ可く
 覚書
  町、反、畝、分


新屋敷


新田


横町



  
 畑七町一反ニ十三歩
  石盛上十より下々四つ迄
  免四つより二つ五分迄

 田四反六分
  石盛下十二
  免四つ一分
 新屋敷新田
 高二十九石七合
  石盛十より四つ迄
  免五つより一つ迄


 一 町長さ十七町余
    但し本町通り
 一 惣町数二十二町但し
         本町通り十二町
         裏町並び横町十町
 一 惣家数九百四十七軒
   内
        本町通り
        裏町通り
        門前通り
  地中


真言宗


浄土宗


禅宗


浄土真宗


法華宗


時宗


道心


山伏


社人


〇※三頭→座頭の表記間違えではないか


神子
 
 一 惣寺数四十ケ寺
   内 地中十八ケ寺
  真言宗   六ケ寺
  浄土宗   三ケ寺
  禅宗    三ケ寺
  浄土真宗  二十五ケ寺
  法花宗   四ケ寺
  時宗    二ケ寺

 
 一 惣人数五千三百三十人
    但し当巳宗門御改め人数
    二千五百三十三人男
    二千六百八十四人女
    百四人  僧
    二人   道心
    二人   山伏
    一人   社人
    三人   三頭→座頭?
    一人   神子 
  廻船


小廻船


〇小浦送船


小網船


役銀


貫、匁、厘


木挽


鮭御役銀


鍛冶御役銀


沖之口御役銀


造酒御役銀


※ 旅酒・入酒→意味が不明→他藩から輸入する酒の意味か?、また旅酒は輸出する酒か。


 
 一 廻船  二艘
 一 小廻船  二艘
 一 小浦送船  三艘
 一 小網船  十四艘
 〆て 船数二十六艘
  この御役銀 二百二十九匁八分
  年々増減御座候


 一 大工御役銀   八十二匁七分四厘
 一 木挽御役銀   二十九匁五分八厘
 一 鮭御役銀 十五匁六分五厘
 一 鍛冶御役銀   六十九匁九厘
 一 沖の口御役銀  一貫二両六十四匁
           六貫百八十匁二厘(消去線あり)
 一 造酒御役銀   一貫二百六十四匁六分二里
 一 旅酒
   入酒 御役銀  一貫四百四十匁
 


小白布


※才黄布→浅黄布


油屋御役銀


鮮魚御役銀


役物→役銀を課せられた物の意味であろう


※開基→柏崎のはじまり、誕生くらいの意味であろう。



〇堀久太郎


知行→知行高


松平上総亮


〇松平伊豫守

 
 
 一 縮
   小白布
   才美布 御役銀  一貫百十匁
 一 油屋御役銀    七百八十三匁三分九厘
 一 鮮魚 々     三百五十匁
 右の外御役物御座なく候
 一 柏崎町開基の儀慥か成る
   義相知れ申さず候


 一 柏崎町先年は
   堀久太郎様御領分
   御知行七十五万石の由
 その後
   松平上総亮様御領分
   御知行五十万石の由
 その後
   松平伊豫守様御領分
   御知行七十五万石の由
  〇榊原式部大輔


八石


※松林→当時は松林があったことが分かる。松はアカマツであろう。


八海山


※山上堂→山頂に建てられた薬師像などを祀るための堂のこと。


本尊


黒姫山


観世音


米山


米山村


真言宗


密蔵院


幡持山


〇相見山

 
  
 榊原原式部大輔様御預所
 一 高山 八石   道法三里程
    但し山に初林在り
 東の方
 一 高山 八海
    但し山上堂御座なく候
    道法二十五里程
 南の方
 一高山  黒姫   道法三里
    但し山上堂在り
    本尊石の観世音

 南の方
 一 高山 米山   道法三里余
    但し山上に堂在り本尊薬師
    座像頚城郡米山寺村
    真言宗密蔵院支配
 
 榊原式部大輔様御領分
 一 旗持山    道法四里
    古城跡城主館沼善蔵殿
    相見山と申し伝え候

 
  宮川村


〇安藤□□


春日村


〇佐藤村右衛門


悪田村


舟渡(悪田の渡し)


荒浜村


〇井□三太


大湊村


〇堀大膳亮



  
 一 柏崎町より宮川村迄道法
   三里八丁
   この間に
 右の方安藤内蔵助様
 御知行所春日村御役所
 これ在り候 御知行所五千石
    御代官佐藤村右衛門殿
  左の方海辺
 柏崎町より二十丁程先
 悪田村船渡しこれ在り
 右船場より十五、六丁先
 荒浜村
 井伊力三太様御領分
 荒浜村より一里十六町程
 先大湊村
 堀大膳亮様御領分
 大湊村より十丁程先
 宮川村
  椎谷村


椎谷藩


大崎村


〇掛橋


石地村


勝見村


蛇崩→じゃくずれ


出雲崎


寺泊


弥彦村
  
 井伊三太様御領分
 宮川村より椎谷まで二十四丁
 堀大膳亮様御領分
 椎谷より二十二丁先
 大崎村 大崎村より
 十五丁先掛橋
 榊原式部大輔様ご領地
 掛橋より四丁先石地村
 石地村より十丁先勝見村
 勝見村より八丁先蛇崩

 蛇崩より十八丁先出雲崎
 二里山田より寺泊へ二里
 寺泊より弥彦三里
  関川村


関所


信州


松本


上田


枇杷島村


〇 江州八條


〇上杉憲


黒滝村


〇上杉弾正
 
 榊原式部大輔様御領分
 一 関川へ  二十里
    御関所在り
    信州越後堺
 一 善光寺へ二十八里
 一 松本へ 四十二里
 一 上田へ 三十八里



 白川御領分刈羽郡道法十四丁余
 一 枇杷嶋村古城跡
  江州八條殿居住の由その後
  上杉憲(「正」が脱字)殿居城の由申し伝え候
  善次郎殿は家老の由申し伝え候

 同       道法一里半余
 一 黒滝村古城跡
  上杉禅正殿居城の由
  申し伝え候
  山城


〇遠見山番城


〇城川原


〇上杉憲正


〇上条五郎


古町村


細越村


〇石口大膳


安田村


〇毛利上総亮


北条村


〇毛利丹波守


〇北条丹後守 
 
 〃
 一 同所山城跡
 右は御同人様遠見山番城の由
 申し伝え候
 〃        道法一町二十五丁
 一 城川原古城跡
   上杉憲正殿城と申し候
   上条五郎殿城と申し伝え候
 〃        道法二里余
 一 古町古城跡
   右同人様遠見山番城と申し候
 一 細越古城跡 道法三里余
   石口大膳殿居城の由
          申し伝え候
 一 安田古城跡 道法二里余
   毛利上総亮殿城の由申し伝え候
   その後安田上総亮殿申し候由
   申し伝え候
 〃       道法二里半
 一 北条古城跡
   毛利丹波守殿居城の由申し伝え候
   その後北条丹ゴ(後)守と申し伝え候
  加納村


〇毛利勘助


善根村


〇毛利大満亮


〇井伊三太


赤田村


〇毛利下野


〇安藤□蔵助


平井村


〇稲垣平右衛門


〇白河御領


藤井村


藤井城址


〇石掛御免
 
 〃       道法二里半
 一 加納古城跡
    毛利勘助殿居城の由
           申し伝え候

  榊原式部大輔様ご領地
 一 善根古城跡 道法三里
    毛利大万亮居城の由
           申し伝え候

 井伊三太様御領分
 一 赤田古城跡  道法二里
    毛利下野守殿居城の由
    申し伝え候

 安藤内蔵助様御知行所
 一 平井古城跡 道法一里
    稲垣平右衛門殿居城の由
              申し伝え候

 白川御領
 一 藤井古城跡 道法一里
    右御同人様居城の由
           申し伝え候

 一 当町の儀御伝馬宿
   石掛御免御書出
   御証文一通
  慶長


〇石見守


〇大鍋守


〇遠郷守


〇筑後守


〇御墨印


〇越後守


延宝


巡見


〇内藤重之丞


伝馬


駄賃伝馬


駄賃人足
  
 慶長十六年九月三日
  石見守様 大鍋守様
  遠江守様 隼(集は誤記か)人正様
  筑後守様
 御墨印証文頂戴
 罷り在り仕り候




 越後守様御代八十一年
 以前延宝元酉年御通り
 遊ばされ候御巡見様五月九日
 御泊り
        御宿 宮川与三太夫
 一 内藤重之丞様
  御朱印 伝馬十疋
  御朱印 人足八人
  駄賃伝馬 三疋
  同人足  九人
  〇大関勘右衛門


〇中根佐兵衛


〇山城守


宝永 
  
 一 大関勘右衛門様御宿 桜井長八
    御朱印伝馬十疋
    御朱印人足八人
    駄賃伝馬三疋
    同  人足七人

 一 中根兵衛様御宿 永井伝左衛門
    御朱印伝馬十疋
    御朱印人足八人
    駄賃伝馬二疋
    同  人足




山城守様御代
五十二年以前宝永七年
庚寅五月二十四日御泊り
 

竈数→焼失軒数に対して長屋等の世帯数を含めた数を表したものであろう。


地中


土蔵


住吉社


閻魔堂


郷蔵
 
 一 去々卯の四月当初
   出火類焼

 一 家数四百五十二軒
   この竈数四百八十八

 一 寺四ケ寺

 一 地中 五ケ寺

 一 土蔵三十六軒

 一 物置小屋五十六軒

 一 住吉社一軒

 一 閻魔堂一軒

 一 郷蔵一ケ所
   この蔵数八軒
  米の儀は残米に相成り
  五・六百俵程焼失仕り候
  拝借金


御救い米


御当代
 
  
 一 金二百両 拝借金
   類焼の者共へ下し置かされ候
 一 御救い米百俵余
   下し置かされ候













 御当代様
  宝暦十一辛巳年
   五月十七日御泊り