馬の鈴 
 
   
  上写真の馬の鈴は筆者の家にあったものである。子どもの頃に祖母に何か、とたずねると「馬の鈴」だとの答えであった。
 その折に、昔は地蔵峠を越えて現在の松代方面から柏崎方面に馬によって米が運ばれ、帰路にはカマスに詰めた塩が運び込まれたことを初めて聞かされた。
 馬の鈴の役目については、とくに調べたことはないが馬の通行をあらかじめ人に知らせ、とくに昔の狭い道では用心を促す効用があったのではなかろうか。
 
 (別掲頁)
 昔は、松代方面から石黒を経て地蔵峠を越えて柏崎に至る街道があった。現在、この道を「松之山街道の脇街道」と呼んでいるが、正確には「通称松之山街道の脇街道」とよぶべきであろう。通称松之山街道は松代から岡田、小清水を経て柏崎にいたる古道を指した。〔※一般に松之山街道とは、高田(上越市)と三国街道の塩沢宿(塩沢町)を結ぶ街道を指す〕
 この松之山街道の脇街道を、松代方面から柏崎に向かう米俵をつけた馬が列をなして通ったという。上石黒や大野の街道沿いの村では、秋になると、毎日のようにシャンシャンという馬鈴の音が聞こえたものであると村の古老から聞いたことがある。
手前に大野集落地内の街道、遠くに妙高山を望む
 
 ちなみに、この馬の帰りの荷はカマスに詰めた塩が主であった。この街道が「塩の路」といわれる由縁である。

 ところで、馬の鈴は古墳時代から使われたと伝えられ、その音色は日本人の心に深くしみこんだ音の一つであろう。環境省の「残したい日本の音風景100選」にも認定されているという。
 漱石の句にも「懐かしむ衾に聞くや馬のすず」がある。
 「りんりん、りんどうは小雨に濡れる。わたしゃ別れの涙で濡れる。りんりん鳴るのは馬の鈴、姉さは峠に消えていく、消えていく」島倉千代子が唄った「りんどう峠」にも馬の鈴が出てくる。
                           〔文責大橋〕