民具補説 鎌のいろいろ 昔(昭和30年代ころまで)は、どこの家にもトマグチ(土間口→玄関)には、鎌掛けがあり何丁もの鎌が掛けてありました。 鎌は大小や使い道により様々あり、また稲刈り鎌のように一定の時期にのみ使用するものもありました。 草刈り鎌だけでも大中小があって、小さい草取り鎌は刃の長さが5pほどでしたが、草刈り鎌になりますと、6寸(約18p)〜7寸、7寸5分、8寸(24p)とあり、大鎌となると1尺2寸〜1尺5寸くらいまでのものまでありました。 柄の長さは、25pほどの草取り鎌や稲刈り鎌から40pほどの草刈り鎌、やや大鎌に近い1mほどのもの、大鎌になると2m近い長さのものもありました。 大鎌の使い道は主に広い場所、主に田のクロ(畔)の草刈りや刈り草や干し草刈りに使いました。石黒では棚田がほとんどで田のクロ(※参照)は広い斜面の田が多かったからです。 稲刈り鎌は一見草取り鎌に似ていますが刃が長く厚さも薄いものでした。 その他、とくに細い低木の新芽が混じった刈り干し用の草を刈るときに使うナタ鎌は、刃が厚く柄も太く丈夫に出来ていました。重さも他の同形のものに比べ重いものでした。これを1日中使うと相当腕がつかれるものだと父が言っていたことを憶えています。 また、田のアゼ草を刈るときには裸足で歩いても痛くないように薄く土を草の根元と一緒に削り取るように刈りますので鎌はすぐに切れ味が悪くなります。このようなときには腰に、砥石入れ用の細い縄で編んだ袋を下げて作業をし、どこでも切れ味が悪くなるとその場で研ぐのでした。水がないときにはツバをつけて研ぐことも時にはありました。 また、荒砥や混合砥石のなかった昔は、研いでもなかなか切れ味のでない鎌の刃を古い鎌の刃で削ることもありました。昼寝起きに鎌の刃を、一心に削っている父の姿を見てどうして鎌で鎌の刃を削ることが出来るのだろうと不思議に思ったことを憶えています。 参考図 ※ クロとアゼについては大橋勝男編「新潟県言語地図」よりの抜粋「クロとアゼ」(新潟教弘)によると、「アゼ」と「クロ」を同一のものを指す言語であるという前提で次の様に論じられております。 「アゼ」という呼び名が日本列島の西より東進して、それまで使われていた「クロ」という呼び名を駆逐しつつ、ついに新潟県北まで進んできたのが現在の姿である。 しかし、棚田がほとんどの石黒ではアゼは田の泥を塗りつけた部分とその続きの20〜30p幅の部分を指し、その先に広がる場所は(ほとんどは斜面)をクロと呼んできました。つまり、アゼとクロは明確に使い分けてきました。とはいえ、「アゼで一休みする」などとも言い、若干、使い方によってはクロの部分を含めた曖昧な呼び方もあります。 しかし、「クロ」という言葉が「アゼ」に取って代わるような言語状況ではないことは間違ないと思います。 あるいは、著者は平地における田の「アゼ」と「クロ」に焦点をあてて考察されているのかも知れません。(文責編集会) |