ヒメオドリコソウ
暮らしとの関わり
 子供時代のヒメオドリコソウの記憶はない。もしかすると、明治の中期に帰化した植物で東京で発見された種であるというから、60年前は石黒では希少植物であったかも知れない。とくに、種子の散布をアリに頼る植物と言われるので分布の拡大には時間がかかったことも考えられる。(現在では、減少しつつある在来種のオドリコソウ尻目に農道沿いなどに群生を成している)
 2009年5月に寄合でやや大きな群生に出会った。
 柏崎市街地周囲では大群生に時々出会う。→参考写真
 同種の多年草であるオドリコソウは2010年に石黒では初めて出会った。(柏崎市街地近辺の山では未だ出会わない)
 今年(2019)の春の気候は少し異常のようだ。故郷石黒では3月20日に積雪0pとなって早い春の到来を想わせたが、4月2日に30pの積雪となった。漸くその雪がとけ市街地では桜が5分咲きとなった今日(4/9)、上中越地方は所により雪の天気予報だ。午後から晴れ間が出たので近くの農道を歩くと風がひどく冷たい。道端のヒメオドリコソウの群生を撮影していると背景に見える故郷石黒の黒姫山は残雪に覆われている。→写真
 先日(2024.4.12)のPCサークルでヒメオドリコソウの名前の由来が話題になった。牧野植物図鑑では花が笠をかぶった踊る人に似ていることによるとある。改めて見ると確かに
(写真2005.4.14 下石黒)

市街地で見るヒメオドリコソウ
市街地で新家屋ができた後、上の写真のように外壁の際のいかにもアリが巣くうような場所にヒメオドリコソウが他の草に先んじて現れるのはアリによる種子の運搬のためであろうと思って観察している。
(写真 柏崎市柳田新店舗の外壁沿い2009.4.8)

 
 茅葺屋の雁木の下のコンクリートと土台の間に生えた個体
(写真2010.6.12下石黒)
     
       早春のヒメオドリコソウ

        撮影2008.4.23大野

       サクラの頃のヒメオドリコソウ
 写真2016.4.9藤井城址

    半日陰の緑色の葉のヒメオドリコソウ


 撮影2009.4.13 大野

        雌しべ雄しべ

撮影2009.4.13下石黒

      種子散布の頃のヒメオドリコソウ

撮影2009.5.13下石黒

                 根

撮影2013.5.25藤井

             冬越期の様子
撮影2013.12.25茨目
写真2015.2.7矢田

解 説
シソ科
 本州各地の道端などに生える1〜2年草(越年草)。
 ヨーロッパ原産の帰化植物。明治25年に東京で確認されてから全国に広がっている。高さ10〜25p。
 茎は基部から分かれて高さ10〜25p。四角形で短毛がある〔下写真〕
 葉は心形で長さ幅ともに1.5〜3pで基部の葉には長い柄がある。表面は縮んで見え両面に長毛が密生する。(右上写真)
 茎の上部の葉は柄が短く密に集まってつく。(右下写真)日当たりのよいところでは葉が紫色になるが半日影では緑色のものが多い。(上右と下写真)
 花期は3〜5月。上部の葉の脇に暗紅色の唇形の花を2〜3個ほど輪状つける。上唇の背に粗い毛があり、筒部上部の前方が著しくふくらんでいる〔上写真〕ガクは中部まで5裂し長さ5o、針状に尖り縁には毛がある。花冠の長さ8〜10o。雄しべは3個
 果実は4個の分果からなり分果は広倒卵形。長さ1.5oほどある。
 種子の撒布をアリに頼る。種子の先端に付着物がありエライオソームと呼ぶ、蟻の好きな物質がついている(下写真)。石垣やブロックのわずかな隙間から生えているのをしばしば目にするのはアリによる種子運搬によるものである。
 名前の由来は在来種のオドリコソウに似て小形であるため。

    

  密についた上部の葉

撮影2009.5.13下石黒

    柄の長い下部の葉

 写真2019.4.9下藤井

  しわが深く毛のある葉表面
撮影2009.5.13下石黒

      花のつき方

 写真2019.4.9下藤井

   踊り子に似た形の花冠

 写真2024.4.16下藤井

     四角形の茎


撮影2009.5.13下石黒

    エライオソーム

 撮影2009.5.13下石黒

 5裂先が針状で毛のあるガク
撮影2009.6.25下石黒

     冬越期の様子2
撮影2013.12.25茨目

 冬にも開花しているものもある
写真2015.2.7矢田