灰の利用と保存
                          田辺雄司
 雪も降り止んだ3月のころ、朝早くから田にベト〔土〕敷きをする家もありましたが、カマスや古俵にいれた囲炉裏の灰を背負っていって苗代に撒く人もありました。
 囲炉裏の灰は一般には、「アク灰」と呼んで大事にカマスや古俵に入れて、便所の隅などに置いておいておくのが常でした。
 私が小さいころのことですが、ある家で囲炉裏の灰を十能で古俵の中に入れて便所に置いたところ、夜中にその家の親父さんが便所に入るときな臭いのでよく見ると灰を入れた俵から煙が出ていたとので大騒ぎをしたとのことでした。この話が村中に知れて村中がアク灰の火の用心には特に注意するようになりました。
 それからは、アク灰を取るときには、朝起きがけの未だ囲炉裏の火を焚きつけないうちに、十能でまず古い箕〔み〕の中に入れて、屋外に出しておいて2日ほどたってから古俵に詰めるのでした。
 中には、庭先に小さな小屋を建ててそこに灰を入れたカマスや俵を入れておく家もありました。
 当時は、肥料など一般にまだ使われない時代でしたから、灰は貴重な肥料でもありました。畑の作物には人糞にアク灰を混ぜてかき回したものを元肥として使いました。
 また、こんにゃくを練るときにも灰が利用されました。灰を手拭い袋にいれて熱いお湯を注いでアク汁をつくり、冷やす。それをコンニャク玉をすりろして鍋にに入れて温まった頃に少しずつ加えてかき回しているとだんだんかたまってくる。それを箱型の容器のなかに入れて形を整えるのでした。
 それから、春にワラビのアク出しにも灰を昔から利用してきました。採ってきたワラビを容器に入れて、その上に灰をかけて熱湯を注ぎそのまま一晩おくと翌日はアクが抜け、きれいな緑色となり歯切れもよく美味しく食べられるのでした。
 また、洗剤などのなかった昔は、油の付いた茶碗等は灰を使って洗うときれいになりました。箱膳の茶碗も1ヶ月に一度くらいはアク汁で洗ったものでした。
 一冬の囲炉裏で出来る灰は俵で2、3俵はあったものと思われます。時代とともに過リン酸や硫安などの化学肥料が使われるようになりましたが、灰は常に大切にして肥料として利用されてきました。