ひとらごと   DATE20120529
 

             耳の保養

 美しいものに接した時に「目の保養になった」などというが、美しい音に接して「耳の保養になった」とはあまり言わないようだ。
 だが、今日、耳の保養とも言いたいような体験をした。それは、子どもの頃以来、50年ぶりに屋敷脇の谷沢にアカショウビンがやって来て番で囀りあう鳴き声を聞いたことだ。おかげで数日の畑仕事と冬囲い取りの疲れが一気に吹き飛んだ。まさにこれは「耳の保養」であった。
 昔からこの谷の沢にはサワガニが多く棲息していて毎年、今頃になるとアカショウビンがやってきた。そしてこの谷で巣をつくり雛を育てた。子どもの頃に幼鳥を追いかけて捕えたこともあった。
 ところが、1965年ごろにコンクリートの水路に変わると、サワガニの生息環境は奪われてしまい、アカショウビンも姿を見せなくなった。
 地滑り地帯の多い石黒では各地でこうした工事が行われたため、石黒ではアカショウビンの声を耳にすることはできなくなった。
 再び、私が石黒でアカショウビンの鳴き声を耳にしたのは2004年の春であった。その時の感激は今も忘れることはできない。それ以来、毎年遠くの方から聞こえるアカショウビンの鳴き声を耳にすることはできたが、生家の近くにやって来ることはなかった。
 ところが、今日は思いもかけず生家近くにやって来て、ブナの若葉に覆われた谷をあちこち移動しながら鳴き続けた。
 「ヒョロ、ロ、ロ、ロウ」と聞こえる鳴き声のほかに「ヒョロ、ヒョロ」と聞こえる鳴き声があることも今日初めて知った。
 私はその美しい鳴き声を聞きながら、越冬地の東南アジアから数千キロメートルの旅をして石黒までやってきたこの野鳥に敬意に似たものを感じた。
 そして、ふと、我々人間について考えた。
 地球上に国境を定めてそれをめぐり有史以来、多くの命を奪い合う殺戮を繰り返してきた生き物、年々自然を荒廃させて他の生物を絶滅の危機に追いやっている我々「ヒト」という動物のことを。

 青空のもと新緑の山々が輝き、心地よい南風が渡り頭上のブナの若葉がきらめく。そして、アカショウビンの哀歓のある美しい鳴き声が聞こえる。
 まさに今が一番、故郷石黒の村が輝く時であり、そこに住む人の心がときめく時である。