真実のもの
                          田辺三勇志
 蛍の光窓の雪、文よむ月日かさねつつ・・・・・・・
 思いで多い8ケ年間の学窓生活から去っていく私たち、ほほを紅潮させながら歌う「別れの歌」、それはいつか「大東亜決戦の歌」に変わっていた。そしてそれぞれの胸の中には自分の体の何百倍もあるような希望を抱いていたものだった。
 戦いに明け暮れたあの太平洋戦争の真っただなか、1944年の私たちの卒業式である。迷信に近いほどの必勝の信念は子供心にあまりにも鮮やかに記されていた。「米英をうつために」「祖国のいしづえとなる為に」少年兵になる。義勇軍に行く。それらは私たちにとってはたまらない憬れでり祈りであった。
 そして、その合い言葉は、「石黒のすりばちを飛び出していくんだ」となり、さらにすりばちに残る人を嗤う悲劇さえうんだ。
 しかし、すべての心は偽りだったのである。「別れの歌」を歌った私たちの本心は、いつまでもこの教室でその師や多くの学友たちと学んでいたかったのである。この静かなる山川と優しい父母兄弟のもと平和な生活を送りたかったのである。
 何がそうさせ、何がかく言わせたのだろうか・・・・・。私たちはなにかに危うくひきとめられそうだった。しかし、「すりばちの石黒あばよ」とまるで本気でせせら笑う様に云って、それでいて朽ちかけた校舎を教室の窓を幾度も振り返りながら目をうるませている。
 学友たちと共に校門を去った帰らぬ日・・・あの時の気持ち・・・いざ決戦場へ!! 夢多い魂は消えていった。


  石黒村青年団報、北極星第3号より (昭和29年3月発行)