前ページへ      原文  P.7    次ページへ     読み下し文
  
ゆえに上人御遷化あ(在)らさば、早速御影
 (ごえい)を申し安置すべし、かの
上人の御苦労なくば信長の為に御宗門断絶
 すべし、今
法義繁昌せるは偏に顕如上人の御恩なりと
 て往生す。秀賢
心魂に銘し忘れざりしが、その頃上杉謙信
 逝去あり、同じく
景勝の世なりしが兵乱いまだ止まず、かの
 地居住なり難ければ
天正十五年同国三嶋郡片貝という処へ移り
 教化せしに
人々崇教かぎりなく、ここ(爰)に一宇を建
 立して慶長丁酉年
 
 意訳文
         
この故に、上人が御死去されたら早速、御新
陰(ごしんねい)を安置しなさい。この上人
の御苦労がなければ信長のために御宗門は滅
亡した。今、こうして法儀が栄えているのは
偏に顕如上人の御恩である、と言い遺されて
往生されたことを秀賢心にきざみ忘れること
はなかった。
その頃、上杉謙信が死去し、同じく影勝の世
となったが兵乱は未だ治まらず、この地に居
住し難いため天正十五年(1587)、同郡
三嶋郡片貝という処に移って教化したところ
教え崇め尊ぶ人々限りがないほどで、ここに
お寺を建立して慶長二丁酉年(1597)