ナベの炭取り
                           田辺雄司
 昭和20年代までは、一日中、囲炉裏で火を燃して、ご飯や味噌汁などを煮炊きをしていました。ふだんも鉄瓶やチャガマでお湯をわかしお茶を飲んだり、牛馬の餌にかけてたりして使いましたから一年中囲炉裏の火は絶やしませんでした。
 囲炉裏の火による煮炊きは、現在のガスレンジとは異なり鍋の底に沢山のススが固まってつきます。そのままで使っているとだんだん熱の伝導が悪くなるのが分かりました。ですから、時々ナベやチャガマの底の炭を落としてやらなければならないのでした。
チャガマ

 夏季には、ナベやチャガマなどをセンゼェ(屋敷内の畑)の隅に持っていって使い古した包丁でガリガリと炭を削り落とすのでした。落ちたススはセンゼェのナスの根元にまいて肥料にしました。
 冬季には、余計に火をたくので茶釜などの底には短期間にススがたくさん付着しました。冬は畑に持ち出すわけにもいかないので雪棚の先で雪の降らない日にカリカリと落とすのでした。
 私の家では祖母がよく、雪棚の先で着物の裾をまくり上げて、寒いせいかクシャミをしながら炭取りをしていたものです。逆さにしたナベに音が反響してカリカリと大きな音がしました。子どもの頃よく見物したものですが、何層にも付着した炭がはがし取られる様は見ていても気持ちのいいものでした。祖母は手もススで黒くなり寒さのため鼻水が出るので鼻を墨の付いた手でこするため顔にも少しススがついていたので笑って怒られたものでした。
 冬の炭取りの時には、下に古い半畳ほどのゴザを敷いてその上に落とすのでした。たまった炭はススハキススと一緒にしてカマスの中に保存しておき、夏にナスの肥やしに使うと驚くほど効果がありました。
 正月には、とくにきれいに炭を落としました。口やかましい祖父はそばに来て「あんまりガリガリすると穴があくすけ気をつけれや」などと大きな声で言っていました。祖母の方も手を休めずに大声で口答えする、それに炭取りのカリカリという音が加わり、とてもにぎやかな炭取りでした。
 炭を取った後、ミンジョウ(台所)で水洗いにすると本当にきれいになりました。「きれげになったすけナベを重ねて置いても大丈夫だ」と祖母が母に満足そうに言っていたもでした。昔はナベを重ねて置くなど考えられないことだったのでした。