ゴムひも売り   
                             柳橋 孝
 山あいの秋の夕暮れどき、政五郎の家の坂道を、二人づれの子どもが登ってきた。夕飯の支度をしていたおばあさんに、
 「おばあさん、ゴムひも買ってもらえませんか。私たちは孤児院から来ました」
 と、庭の方から声をかけた。
 「おお、あんたら、孤児院から来しゃったんかね。今、忙しいがんだで。ちょっこらまってくりゃいや」
高床より上石黒集落を望む

 おばあさんは、ふかし芋を2人に与えて、台所へ引っ込んで行った。
 一段落したおばあさんは、財布をもって2人の前に座り、男の子のほうに目をやり「いくつだいね」と聞くと娘の方が引き受けて、
 「十になったばかりだいね。この子の親は2人とも死んでしまったもんで・・・・孤児院に預けられたんです」
代わって答えている娘は十五だという。
 「そりゃ、みじょげなこった。こんな年端もいかない児を・・・」
 おばあさんは、芋をむさぼるように食べている男の子の頭をなでてから、ゴムひも二束を買ってやりお茶まで出してやった。この家は、村はずれにあるので、よく商人が寄り、こうしてもてなされるのだ。
 なかなか、帰ろうとしないので、おばあさんは、また台所に入って行った。
 夕闇が迫ってきたころ、政五郎夫婦が山から帰ってきた。
見かけない子どもが縁側に腰かけているのをいぶかって、「なんか用かい」と聞いた。
 「わたしら、孤児院からきたゴムひも売りです。これから峠越えが心細くて迷っているところです。雨つゆがしのげればいいですから軒下を貸してください」娘が、手を合わせて頼むので
 「泊まる宿が無いのか。可愛そうに・・・・・いいとも、いいとも、そんなところでなくとも家の中にお入り。宿賃なんぞとらないから」
その言葉に娘はオイオイ泣き出した。
 そして、娘が
 「こんな温かい家は初めてです。お茶をよばれた上、泊めてくださるなんて」
 男の子の肩を抱き寄せて、むせぶそのいたい気な2人に、政五郎の仏の顔が出て、放っておけず、わらじを脱がせ家に入れた。
 この家は、祖父母と小学校1年生の娘と乳飲み児の男の子の家族がいる。家中が政五郎のやり方に、目顔で喜び合って安堵した。
 しまい風呂に入れ、衣類を着替えさせてから、夕飯も家族と同じものを食べさせた。よほど、おなかが空いていたのか、男の子が三杯もお代わりするのに娘が小さな声で
 「すみません」
と、言いながら自分も、そっと茶碗をだした。
 秋の取り入れの最中で、家中ところ狭しと穀物が置かれている。不意の泊り客は、座敷の一角に布団を敷き、寝かせた。
 一晩中、ついている電灯に、
 「町場育ちの人には眠れないだろう」と政五郎は、笠に風呂敷をかけてやり、
 「明日は、俺たちも、小岩峠の近くまで行くんだから一緒に出かけよう。安心してよっくり寝なさい」
と言い聞かせて、自分の寝部屋に行った。
次の日、おばあさんの作った焼きおむすびを、孤児たちに持たせ、政五郎夫婦と出立した。
 孤児たちは、何度も振り返り、おばあさんに頭を下げていた。そんな姿を孫娘と見送りながら、
 「親がいないなんて、ほんとうに可哀気なことだ。親を大事にしろやな」と孫娘に言い聞かせるおばあさんだった。
 
〔著者 柳橋孝 旧姓田辺 上石黒出身 川崎市在住〕