菖蒲湯の思い出
                            田辺雄司
 昔(昭和27年以前)は、年中行事は1ヶ月遅れで行われていたので、菖蒲湯も6月6、7日の二晩でした。その日は夕方になり学校から帰り言いつけられた仕事を済ませて遊びに出ようとすると、祖父から「おい、今日は菖蒲湯だから晩には菖蒲湯だ。菖蒲とヨモギを採って来い」と言いつけられたものでした。
 庭先の池のまわりで菖蒲とヨモギの葉をひとにぎりづつ採ってくると、祖父はそれを20pほどの長さに折ってひもで結わえて風呂桶の中に入れておくのでした。菖蒲湯の菖蒲は石黒では「湯たて菖蒲」と呼ばれ、きれいな花の咲かない独特の香りのする菖蒲でした。
菖 蒲

 昔から菖蒲湯に入ると病気にならず、マムシにかまれたり、蜂に刺されないとの言い伝えがあり、この日は明るいうちに風呂に入りました。祖父は湯に入ったらこれ(菖蒲とヨモギを束ねたもの)で頭から足先まで、サラサラとこするんだ。そうすれば身体が丈夫になるぞと教えてくれたものでした。
 また、この日(6日)は「馬鍬(まんぐわ)休み」といって、それまで田仕事に休まず働かされている牛馬を休ませる日と決めていました。この日だけはどこの家でも絶対に牛馬を使わないことになっていました。もし、この掟を破るものがあると大雨や干ばつがあると言い伝えられ誰も決まりを破る人はいませんでした。
 よく日の7日からは牛馬は再び田の中にはいり馬鍬を引いて働きました。この日は夕方田から馬が泥だらけで帰ってくると初めはいつものように川の水で泥を落としてから、家で菖蒲湯を馬のハンギリにくみ入れて、大きな菖蒲とヨモギの束で体中をこすってやり牛馬の息災を祈ったものでした。