墓 参 り
柳 橋 孝
〔前文略〕 忙しい一日が終り、日がとっぷり暮れたころ、狐火のようにあちこちの村道から提灯の明かりがゆれて見える。墓参りが始まった。
「さあー、行くぞぉ」
と、祖父の掛け声で、いっせいに家族が庭に集まった。昔は家のまわりにあった墓が、集落の北部のはずれの一ヵ所に集められている。祖父の持つ提灯の後ろに母がつづき、小さな花提灯をぶらさげた弟たち。盆花を抱えた私のうしろに父が懐中電灯で足元を照らしながら最後を守る。
約1キロの杉林の坂道を歩いてようやく辿りつく。途中、都会から墓参りにきた人が挨拶しながら行き交う。着飾っているが、みんな顔見知りだ。
田辺一族は浄土真宗なので墓の前に花立と、ろうそく立があるだけ。仏壇では線香を横にし、その上にお香を落すが、お墓にはそうそくを立ててお参りする。最上部の場所に隠居〔総本家〕、その分家の田中〔本家〕、またそこから分家した小田、津浦が順にならんでいる。
自家の墓に明かりをつけ、花を挿してお参りをした後、手に持ったろうそくを親族の墓に一本ずつ上げ、火をつけてまわる。それが終わるとお精霊様を家までお連れするのが、この辺のお墓参りのしきたりだ。
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上石黒の墓場 |
くらやみの中、この夜はこの杉林の中の一帯が、赤々と輝くろうそくの光をうけて幽玄の場と化す。
先祖の霊を伴って家についた。祖母は仏壇に灯明をつけて、お盛り物に、茄子、胡瓜、西瓜、きび〔とうもろこし〕など、初ものを供えて待っていた。祖父が仏壇の前に坐ってお経を上げるのを家中で聞く。
今年は、時局柄、盆踊りが中止とのことで、音頭とりの父の出番がなくなり、口説き調の唄がきけないのが残念だ。
〔後文略〕
柳橋 孝著 「あとには虫の声しげく」から抜粋
〔著者 柳橋 孝〔旧姓田辺〕 上石黒出身川崎市在住〕
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