民具補説
                 蹄鉄(ていてつ)
 昭和20年代までは、多くの家で馬が農耕馬として飼われていました。馬は主に春の農耕に使われましたが、運搬手段としても利用されました。
 とくに、米俵の運搬などでは、車道や鉄道のない昔の石黒では馬の背に荷鞍をつけて2俵の米俵をしっかりと結びつけて車道や鉄道のある近くの村まで運びました→参考画像
 遠い道のりでしかも急な上り下りのある道を何頭もの馬が俵を背に付けて運ぶ姿をみて子ども心にも大変だろうと思ったものでした。
蹄鉄と釘
 また、馬での運搬は一人で行くこともありましたが、余り馬扱いに慣れない人などは二人以上が一緒に行くことが慣例でした。そうしないと途中で荷鞍が傾いたときなど一人では対処出来ないことがあるからでした。
 石黒では当時は砂利道はほとんどありませんでしたが、町場に近い所では砂利道が多いために馬の爪が傷ついてしまうので必ず蹄鉄を付けていきました。
 蹄鉄を付けるときには伯楽と呼ぶ専門の人を頼んで、爪を削ってからそこに蹄鉄を特殊な釘で打ち付けるのでした。
 しかし、蹄鉄が使われるようになったのは、大正期以降であり、それまでは、もっぱら馬のわらじが使われていました。
 
 そして、秋の11月ごろのチトリの時に、その蹄鉄を取り外して冬を迎えるのでした
                文・図 田辺雄司 (居谷)