昔の通学路
                            田辺雄司
 私たちが子どもの頃(昭和のはじめ)学校に通った道は、村人たちが「松之山街道(※正式には通称松之山街道の脇街道)」と呼ぶ道で、松之山から石黒を経て地蔵峠を越えて柏崎に通じる道でした。
 秋になると米を背につけた馬が列をなして通ったものだと聞いています。また、帰りの荷は塩が多かったことから「塩の道」とも呼ばれたということです。
現在の旧道の跡

 街道といえば聞こえはいいのですが、私たちが通った道は、山道より少し幅は広いが、雨が降るとたちまち泥んこ道になる坂の多い道でありました。いつも、道には、馬や牛が歩いたあとが穴になってそこに水がたまって本当に歩きにくかったことが忘れられません。梅雨時や秋雨のころになると道は泥でダボダホしてまるで田の中を歩くようでした。
 また、林の中の道はブナの根が地面に出ていて歩きにくい上に日中でもうす暗く気味悪いほどでした。
 雨がふって泥んこ道になると、道の脇にある田の畔を伝って歩きたくなります。梅雨のころにはちょうど畔豆が芽を出す頃で、双葉が出る頃でその上を大勢の子ども達が歩くので田の持ち主に怒られました。怒られた後の2、3日は泥道を我慢して通りましたが、また、畔を通ってしまったものでした。
 当時の道には砂利などは入っていないため、雨の時期には裸足で歩くのが普通でした。学校の生徒玄関前にはコンクリートの足洗い場があり常に水が入っていましたのでそこで足を洗って屋内に入ることになっていました。プールなどなかった夏は、この足洗い場に入って足を洗うのがとても気持ちがいいものでした。

 今でも、車道の脇に雑木に覆われてしまった昔の通学路を目にすると当時のことを懐かしく思い出します。