1798  〔寛政10〕 「証文之事」 

                  

※証文内容

   乍恐以書付奉願上候

苅羽郡石黒村寄合百姓お願い申し奉り候
同郡門出村より請け山の儀に付先達書付けを以てお願い申し奉り候処、門出村より鍬入れ差止め狼藉に及び候節相願候は格別鍬入れ差止め申すべき由申し候とて願出候は、見越しの段仰せ聞かせ候得共困窮の百姓大村(門出村)へ相掛かり出入りに及び候儀当惑の段強くて御願い奉り候はば預り書写し御取り上げの上佐藤池新田庄屋新吾外御用出掛けにつき利害申し聞き候様仰せ付けの段仰せ渡し有難く帰村し其の後佐藤池新田庄屋新吾殿一件相糺し引き合い申し当十一日門出村より掛合い来候は石黒村当作さるべき段御役所より御書付け頂戴致し候哉、右書付け持参致すべく若し当作付け致すべきの書付け之無く候はば此方より作付け致し候から石黒村鍬入れ致す間敷き旨申し来たり候に付私どもより相答え候は
御書付け頂戴仕らず候えども御役所仰せ渡されを以て佐藤池新田新吾殿双方へ引き合い中委細は新吾殿より承るべき段の候処右の者罷り帰り候て同十三日門出村より大勢罷り出私ども進退し畑作付け致し置き候処、理不尽に切り返し先方の者作付け致し候に付、私共右場所へ参り猶又挨拶に及び候はば佐藤池新田庄屋新吾御役所の仰せ付けを以て双方へ何かと引き合い中に不当の働き致され候は、御役所を恐れず致し方にて先年より此方進退の畑に作付け候場所切替えし其の方にて作付け致され候儀いかが之の段情情掛合い候えども、大勢のもの耳にも入れ申さずこの上幾度其の村にて作付け致し候ともかくの如く切替えし此方にて作付け致すべき段申し張り私共よりこの上何かと差し押さえ候はば狼藉に及ぶ躰相見候に付、兼ねて佐藤池新田新吾殿より引き合い中は口論にても致しまじき段御役所より仰せ渡し候由申し聞かせ置かれ候、手出しも仕らず辛苦難労にて作付け致し候を眼前に切られ返し多分種物肥等損失に相成り一村の男女死に入る心地にて困窮の百姓代わりに種物肥やし所持仕らず者も之有り当惑至極仕り候、先達てもお嘆き申し上げ通り当作付け相難き候ては寄合百姓必至と行立たず申し候間門出村御呼び出しの上左様理不尽仕らず様仰せ付け下され置き候様願奉り候。勿論往昔より米八斗宛に相定めり候場所今更天和の御高請け之ある由にて門出村弁納いたし居り候に由申し立て増米致すべき段申し候は何共不審に存じ奉り候、天和の御高請け之有り並びに上納候はば享保年中出入りの筋天和の御検地に
逢い候村役人百姓中米八斗にて相極め申すべき様御儀之無く存じ奉り候、殊享保年中より右請け山の内門出村切開き田等多分いたし私共入会作付け場狭く相成り候えども減米致すべき処却って年貢米相増え候申し懸けられ候段他村の御検地帳其の外は存じず候えども、天和の昔如何の振合いにて御検地請け致し候哉、享保の頃より弁納も心得難くそれらの弁ひ之無く未熟の私共と見掠め候申し分にて何共難渋の百姓相答え申すべき様も無く御座候、恐れながらご賢察成り下され置き御慈悲御勘弁をもって先年より差し支えこれなく私共進退仕り候通り仰せ付け下され置き候はば一村百姓一流有り存じ奉り候以上

      刈羽郡石黒村寄合
  寛政十午年四月

   脇野町
     御役所

                 田辺重順家文書