板畑城址について 

            板畑集落より板畑城址を望む


 
          板畑城址からの眺望(門出方面)



          板畑城址からの眺望(男山方面)

                              写真 2012.5.8撮影

                   城址本丸跡

                            写真 2012.5.8撮影

                     城跡より集落を望む

※右上は中村治平家  中は寺屋敷 


                     板畑城推定図
高柳町史より抜粋編集





 
   板畑城址について

 板畑城址は集落の東側の谷を隔てた前方に見える上官山の尾根にある。
 集落の共同墓地から少し下った場所に立つ東方眼前に上官山が一望できる。
 板畑は明治22年までは、門出地区に属していたが、この尾根には門出から中後、板畑集落に通じる生活道路が通っていた。
 また、漆島に通じる道もあるがいずれの道も通称松之山街道の脇街道と呼ばれた地蔵峠を越えて、鵜川に通じる重要道路に接合している。
 板畑城の主な役割はこの道路のおさえにあったものと思われる。
 板畑城址は大きく2段に削平され、南北に細長く、全長100mもあり、幅は広い所で26m、狭い所で13mほどである。
 南半分が広く、東側には2段の曲輪(くるわ−防御陣地、建造物を建てる敷地)がある。東西は急斜面で自然の要害となっている。ただ、板畑から上っていく途中には一本の空掘の跡が認められる外はこれといった要害跡は見られない。
 標高428mの城址に立つと、現在は立木に阻まれて南西北の眺望はきかないが東側は開け、栃が原方面に何層にわたる山々が眺望できる(左写真)。