| 忘れ得ぬこと 教え子のM君が19歳で急死したのは、60年も前のことであるが、その折のことで今も鮮明に記憶に残っている事がある。 その日、私が勤務先から帰宅すると間もなく、M君の級友からM君が亡くなった旨の電話があった。死因は病気とのことであったが、1か月ほど前に帰宅途中に彼と出会い言葉を交わしたばかりの自分には信じがたいほどの驚きであった。 翌日、出勤して地元の同僚に尋ねると翌々日が通夜であるとのことであったが、生憎この2日間は泊りがけの講習会で県外への出張が組まれていた。 やむなく、通夜の前日の勤務後に出かけることにした。 その日は11月中旬で、朝から厚い雲におおわれ退勤のころにはすでに夕暮れのような気配であった。昼前から降り出した雨は夕方になってもやまなかった。 私は、冷雨の中、M君の家までの道を歩きながら、二十歳近くまで育てた子どもに先だたれた親の悲嘆はいかばかりのものであろうかと思った。 M君の家に着き玄関に入ると、開け放された座敷に通された。左手の座敷は仏間で、そこに遺体が安置され3人の縁者らしき人が居られた。 私はまず遺体の近くに進み焼香をしてお参りをした。そして、近くで正座されていたご両親に挨拶をした。母親は「どうか、顔を見てやってください、きっと喜びます」といって顔を覆った白布を静かにとりのぞいた。M君の顔はかなり重い浮腫が見られたが安らかな顔であった。私は「M君」と声をかけたあと言葉が出ず合掌して布を元に戻して両親に礼をした。 両親は、私に「有難うございました」と丁寧に礼を述べた後、「こちらへどうぞ」と囲炉裏のある部屋へ私を案内した。そこには酒が用意されていて、父親が「清めのお酒ですが、ひとつどうぞ」といって銚子を差し出した。私は盃に酒を注いでもらってから、M君の死に至るまでの経過について尋ねた。 母親は、息子が腎臓病を発症してから死に至るまでの様子を順次だてて話し始めた。 私は、火箸で囲炉裏の灰を静かに左右にならし乍ら話す母親の様子に、何か違和感を覚えた。 というのは母親の話ぶりから大切な息子を失った悲しみの感情が少しも伝わってこないことであった。 それは、「顔を力いっぱい抱いて!」と叫びながら自分の胸に抱かれて息を引き取った息子の最期を語る時も変わらなかった。 その時、私はもう一つ妙なことに気が付いた。それは先刻から気付いていたことであったが母親が火箸でならしている囲炉裏の灰の中に数匹の昆虫がいるように見えることだった。ちょうど、アリジゴクが巣作りをするときのように灰を飛散させているのだ。その動きがだんだんと激しくなってきたことに気づいた。 この時になって私は初めてよくよく凝視して、灰を飛散させる正体が母親の目から溢れ落ちる涙であることを知った。 まさに、母親は淡々と語りながら号泣していたのであった。 わたくしは、引き留める父母に通勤の列車時刻を伝えて、急ぎM君の家を辞した。そして、乗車駅までの田んぼの中の一本道を急ぎ足で歩いた。 雨は降り続いたが、私は何か自分の内に、強靭な精神に触れて引き締まる気持ちの高揚を感じながら暗い夜道を駅に向かって歩いた。 大橋寿一郎 2026.2.2 |