日露戦争戦死者への追悼書簡  西方寺第25代住職桑田従尊
 
拝啓、秋も暮近く相成り候
ところ、皆様いかがお暮しなされ
候や、のぶれば、修英殿には
去る遼陽の役にて遂に戦死
なされ候趣、誠に御愁傷のほど
遥察奉り候
さりながら前後こそあれ生まれた
る者は必ず死するときの来るべき
事は、いかにしても免れるあたわざる
ところなるに、ことさら、忠君
愛国の勇士として戦場の露と
消えられ候こそ、所謂、死処を得
たる者とも申すべきか、 死処を
得ると申すは戦場のみ限らず
すべて各自の業務をよく励み
て其の業務のために死するを
申すべきもこの度の戦死ほど
あきらかなるはこれ無く候間しか
申すにて候
されば、戦死なされしは此れ
直ちに業務を励み業務の
ために、死すべきことを我等に
教ふると同時に、まのあたり
 
 
教えると同時にまのあたり
老少不定の金詞を我等に
示されたるに外ならず候、然れば
御愁傷はさることながら徒に
死者の精意にもとるが如き事
これなく相共に益々業務御
勉励、御法義御大切に成し
下され度右申し上げ奉り候
なお(余)、時節柄、御自愛専一に
成されたく皆々様よろしくご伝言
なし下され度候也
  十一月十一日
  東京巣鴨
   真宗大学
     桑田従尊拝

石黒村
 大橋修英殿
  御遺族御中 
 ※ @桑田従尊→北条西方寺第25代住職(境内歌碑俳句作者) A遼陽の役→日露戦争1904〜1905 

                                                   大橋正男文書 解読文責 大橋寿一郎