刈羽郡石黒村産油地

 石黒村産油地は、本調査区域の北端にありて有名なる黒姫山南麓に位し大字大野の地積に跨りて数多の油井散在す。
 元来、この付近は石油および天然ガスの露出に富み、なかんずく大野の西方及び小字下原の水田中に沸々と盛んに涌出する可燃性ガス、大野の東方及び濁沢における原油露頭等は最も著しきものにしてその他油砂の如きは諸方に目撃せらる。
 さればこの地40年余年前よりすでに2~3の油井を開堀しその後明治20年ころに10余抗を堀鑿し多少採油せり。近年に至りて尚時々試掘するものあれども未だ好果をおさめしものを見ず。
 石黒4近を構成する岩層は黒色頁岩にしてしばしば2~3寸ないし2尺に達する白色凝灰岩を介在し又上石黒の東端には多くの砂岩発育して殆ど頁岩と同等互層をなしこれら砂岩及び凝灰岩中には往々石油を胚胎せり。
 地層は第3版で4図に見るがごとく大野の東南より下石黒を過ぎほぼ東北より西南に走れる一条の背斜を形成し両翼は60~70度の斜角をもって急斜し時に殆ど直立す。油井はことごく背斜の西翼にありて大体においては背斜軸に平行して排列せり。
 
油井の上石黒西部に開抗せるもの1~10但し6、7、8(表)を除くは一般に浅く90尺ないし240尺にして出油を見7~8斗を除くの外は概して2~3斗ま産出あるのみにて出油少量なり。
 上石黒の東部に密集する油井はその川畔に開掘せるものは深さ90尺より130~140尺にして3斗内外の出油を見たれども山地に開き堀せるものはやや深く油量もまた大なり。
 なかんずく15(表の数値を指す)の如きは240尺にして当所、5石の産出ありて約半年の後1石に減じ3年間も継続し今なお1斗内外を産出せる良井なり。けだしこれら上石黒東部の油井はその深度、油量及び排列の状況に照らすに、あるいは主要含油層の伏在するありてこれに掘りて当て、出油するにあらずや。
 大野付近に散在する油井は一般に浅く20(表)のごとき僅か48尺にして当所の出油5石、後次第に減少したれども7年以上継続せりという。

 油井開堀の際、しばしば塩水湧出し中には□に見たるものの如きすこぶる多量の塩分を含めりという。
 油質は、聞く所によれば一般に良好にして(ボーメ)40度以上にして(20)の如き約50度なりしという。余の(6)より採集せる原油を本所分析課において試験せる結果次の如し。(表略) 
 石黒の東北約3000m余の所にあたり板畑の渓間にも石油ありて明治21~22年頃3個の油井を開堀したれども出水その他の事情のために何れも中途にして廃止せり。この付近は黒色頁岩及び砂岩の互層より成り層向東北にして35度西北に傾斜し砂岩に石油を含蓄す。(下本文より抜粋)
                                                                       
 
 大日本帝国油田第6区地質及び地形説明書より 石黒始さん提供