ハンノキ
                       大橋英一
3メートル以上も雪が積もる北陸の寒村にうまれ、そこで少年時代を過ごした私には、四季の野山が唯一の遊び場であった。
雪国の春は遅い。3月はまだ雪が消えない。それでもだんだん晴れた日が多くなる。来る日も来る日も、降る雪に閉じこめられていた子ども達は、青空を見ると喜々としてスキーやカンジキを履いて、白一色の野山を駆けまわる。
この頃の雪は締まったザラメユキで歩きやすかった。
 雑木林の冬芽はまだ堅いが、ハンノキの枝先には数個の紫褐色の雄花穂が長く垂れ下がっている。このような柄のない小さな単性花が多数密について紐状に下がっているのを尾状花序という。風媒花だから美しくはないが、周りが単調の景色だから目立つ。日増しに色が濃くなり、風を受けやすいように、だらりと長く伸びていくのを見ると、待ちこがれた春の近づきを感じて心が躍った。ハンノキの花は、まさに春を呼ぶ花であった。
               大橋英一著「草木随想」から
                   (清水市草薙在住)