杉の子(小杉)起し
                          田辺雄司
 子どもの頃(昭和のはじめ頃)、祖父は「野郎ども、学校から帰ったら杉の子起しをするから、中飯を食べたら来いよ」と山の名と縄の場所を教えて、朝早いうちに山にでかけました。
 私たちは、学校から帰ると、汁かけ御飯を2、3杯食べて縄を背負って祖父のいる山に行きました。祖父はひとりでやっていましたが、私たちが行くと、傾いた杉の木にニナワを結んで私たちに引っ張らせ、自分は、よいしょよいしょと押すのでした。私たちは杉が真っ直ぐになったところで、祖父があらかじめ打っておいた杭にニナワを巻いて固定し待っていると祖父が、縄を起こした木に結わえてその先を持って来て杭にしっかり縛りつけました。そして、ニナワをはずすと一本の木起しが終わりです。
 こんな仕事を軍手もしないでやっていると杉の幹に強くこすった所から血がでたりしました。祖父に、「もうに2、3本で終わりにするからな」と言われて、山に日が沈む頃まで何日もやったものでした。それから、私たちは急いで帰って石油ランプのホヤみがきと座敷の雑巾かけをしました。
 祖父はなかなか帰ってこないので、どうしたのだろうと思っていると、木起しの場所から少し行った隣村の店からアメ玉を買って帰り「野郎ども、あめ玉を買ってきたから、また明日も手伝ってくれや」と言って3つずつくれたました。その時のうれしかったことを今でも忘れません。口の中に入れて半分くらいになると出して紙に包んで箱膳の中に入れて置くのでした。
 木起の手伝いを一週間もすると平手にマメができて痛くて仕方ありませんでした。
 また、一休みの時には、祖父は私たちに口癖のように、
「ねら(私と弟)がでっかくなれば、この杉の子もでっかくなって、売ることも出来るし、家を建てることも出来るのだぞ」
と言ったものでした。
 あれから70年近くたった今、確かに、場所の良いところの杉は天をつくような見事な杉林となっています。しかし、場所によっては満足な木の少ない林もあります。
 これは、私が植林をするようになってから聞いたことですが、昔は杉苗などは買わず、自然に生えた10pほど杉の苗木を畑の隅に移植して20〜30pほどに育て植林したとのことでした。その杉は熊杉(天然杉)といって老木にならないうちに伐採すると株からまた芽を出して立派な杉の木に成長するのだそうです。木質も年輪が細かく強度も現在植林されている杉よりも優れているとのことです。ただ、幹の途中で数本の芯が立つため芯が風などで折れやすいという難点があり今では植林されないとのことでした。
 いずれにしても、豪雪地帯の石黒で杉を植林して用材になるまで育てることは、木起し機やビーバーが普及した今も、昔と変わらず並大抵なことではないのです。