真綿取り
                           田辺雄司
 カイコのマユができあがると、棚からマブシ〔繭を作らせる藁を折ったもの〕の入った箱を下ろしてマユを選別しながらマブシからはずしました。
 選別は、汚れたマユ〔カイコの尿などによる〕やマユづくりの途中でカイコが死ぬなどして未完成のマユ〔柔らかくつぶれると汚れが他のマユにも広がる〕、その他「玉マユ」とよぶ雄雌の蚕が一つのマユを作ったものを別にしました。
玉マユ

 良質のマユは隣村の秋祭りの時にマユ市がたつので背負っていって売ってくるのでした。
 玉マユなどは、祖母がシッチョウナベ〔大型のナベ〕に水とマユを入れて火にかけて囲炉裏で煮るのでした。煮立つとすぐに下ろしてそのまま冷めるまで待ちます。
 それから、3尺の広めの羽目板に長い釘を4本打ち、マユ玉を破るようにしてサナギを取りだします。そして両手の親指と人差し指で静かに少しずつ伸ばしなから釘にかけてひろげて他の3本の釘にかけるのでした。私も子どもの頃に、祖母のやっていた真綿とりの作業を、いたずら半分にやってみましたが平均にひろげることはなかなか難しいものでした。
 こうしてマユ玉を広げたものを十枚くらい重ねて2ヶ所の角に糸を通してつり下げて乾かすのでした。こうして作られたものを「真綿」と呼びノノコや袖無しなど綿を入れた着物を仕立てるときに使いました。着物に入れた真綿は、保温ばかりではなく綿を固定するという役目も果たしたのです。
  玉マユから取りだしたサナギはタネ(家の脇の池)の鯉や鶏の餌にしました。池には鯉が十数匹いてサナギを特に好んでたべました。
 余談になりますが、鯉の普段の餌は食事の残り物とか夕顔やカボチャのはらわた〔種子を包む柔らかな果肉〕などでしたが、タネに投げ入れると我先によってきて食べたものでした。また、農作業から帰ってきてタネで足を洗っていると寄ってくるのでかわいいものでした。
         真綿取り板
 サナギは手でさわると脂があるのか、ねっとりとした感触だったことを憶えています。
 また、真綿を入れて作った袖無しは軽くてとても暖かい上、鉄砲の弾丸が当たっても貫通しない言い伝えられ、戦時中は慰問袋に真綿を入れたチョッキを作って入れて送ることもありました。