民具補説
             矢立と薬売り
 私の子どもの頃(昭和のはじめ)、春になり雪が消えますと、柳コウリ(行李)をいくつも重ねたものを背負った富山の薬売りがやってきました。
 家にやってくると雁木に腰をかけて、自分の薬屋の名前を言って薬箱を出してくれるように頼むのでした。(大抵の家では2、3店の薬屋の箱を置いた)すると、祖父が「この箱かな」などと言いながら家の奥から桐製の薬箱を持ってくるのでした。
 薬屋は早速、引き出しの中の全部の薬を取りだして、昨年置いていった薬の数の控えと照らし合わせて使われた分の薬を補充して精算するのでした。
矢  立

 薬の補充をするときには使われた薬の数を細長い紙に、腰にさげた竹筒のようなものから筆をとりだして書きました。竹筒の元の部分に墨を入れておく入れ物が付いていて、そのフタを開けて墨を筆につけてすらすらと書くのでした。私たち子どもには、おもしろい書き方道具もあるものだなあ、と毎年見るたびに興味をひいたものでした。
 ある時、薬屋さんにその道具について聞くと「これは矢立というもので便利なものだよ」といいながら大事そうに箱の中にしまいました。また、書いているうちに両手を使う必要のあるときには筆を口に加えたり耳の上にはさんだりするのでした。
 薬屋は帰り際には何枚かの紙風船と新聞紙の半分ほどの大きさの生紙(和紙)に食べ合わせしてはいけない食品の一覧が図に書かれた表を一枚ずつ置いていきました。家ではそれを見えるところに張っておいて参考にしました。そこに書いてあったことで、今でも憶えているのはスイカと天ぷら、ウナギと梅干しなどです。
                 文・図 田辺雄司(居谷)