散髪の思い出 田辺雄司 真夏のころのある日曜日の昼下がりのことだ。 「野郎ども、今日は学校が休みだすけ、頭を刈ってくれるぞ。雁木へ出ろ」と祖父はバリカンを持ち出してきた。私と弟は新聞紙を持っていって雁木に敷いてそこへ寝そべって散髪をしてもらうのだ。 祖父は少しバリカンのネジを調節してからガチャガチャと刈り始めるが、刈り上げて行って未だ最後の毛が完全に切れないうちにバリカンをあげるせいかひどく痛い。「ジイ、毛を抜かんで刈ってくれね」と言うと「よしわかった。二番刈りをするから、ちょっとそのまま待っていろ」と言って囲炉裏に行ってキセルで煙草を吸って一休みしている。
ようやく刈り終わると、今度は弟の番だ。弟はバリカンを上げるたびに痛い痛いと叫び、終いには泣きだしてしまった。それでも何とか我慢して最後まで刈ってもらう。私たちは、新聞紙の上の毛のしまつをしてから焼き卵をもらって食べた。 だが、背中に毛が入ってチクチクして少し気持ち悪いが夜風呂に入るまで我慢していなければならない。 祖父は、使ったバリカンを分解してきれいに掃除をしてから、ヌイゴに石油をつけてバリカンの歯やネジにくれてから箱の中にしまい込む。 ちょうど、私たちの散髪が終わったところに隣のおじいさんが軍鶏を箱に入れて背負ってきた。 祖父は2年ほど前に、そのおじいさんと相談をしてそれぞれが軍鶏を5羽ほど買ってきて雁木の縁の下で飼っていたのだった。 2人は、ニワにムシロを敷いてお互いの軍鶏を戦わせて楽しんでいる。私たち兄弟も面白いので見ていた。 祖母は雁木からその様子をみて「ほんに、馬鹿みてぇな」と言っていたが、2人はそんなことは少しも気にする様子もなく次々と鶏を変えて戦わせてじっと飽きもせずにみていた。 暑い夏の日が暮れはじめ、しきりに鳴いていたヒグラシ声とともに、遠い子ども時代の忘れられない思い出のひとこまだ。 |