民具補説
                   ワタシ
 ワタシは囲炉裏の火を燃やす所(ホド−火床)を囲むように半月形に太い針金で作られた格子状の用具で、脚と中央に木の柄を取り付けた餅などを焼く道具です。
 私の家にあったワタシは下図のような形をしていました。使い方は柄をもって火元に近づけたり、また、ほど(火床)の熾きを下にかきいれたりして餅やダンゴを焼くのでした。
 昔の人は「渡し」とは真に適切な名前を付けたもので、まさにワタシは、手の近づけられないホドと囲炉裏端との渡しの役目をした道具でした。
 私が子どもの頃は、ワタシの下にホドのオキを沢山かき寄せて餅をのせたり、藁の茎をワタシの幅より少し長く切って並べ、その上に大きなおにぎりをのせて、焦げ目の付いた頃に味噌を塗り再びワタシの上で焼きます。そして香ばしい匂いのする頃に和紙の上に置いて少し冷めたところで包んだものを遠足や隣村に用事に行くときには風呂敷に包んで背負って出かけたものでした。
 また、当時は1日中囲炉裏で火を燃やしている時代でしたから、どこの家でも朝飯は、雑炊に粉餅(くず米の粉にヨモギを入れた餅)だったのでワタシを毎日使いました。ワタシで一回に焼けるのは7〜8枚の餅でしたがこれを一人で全部食べてしまう人もいました。今の餅の2倍以上ある大きさでしたので昔の人の食欲には驚きます。
 アンボ(チャノコ)はワタシを使わず藁灰の中であぶって食べる人が多かったと思います。
 毎朝、使った後のワタシは必ず火棚の上に上げて置きました。私の家では囲炉裏の中は常にきれいにしておくように留意していたようで、祖父が毎朝火箸で囲炉裏の灰をならしてきれいにしていたことを憶えています。

 文・図 田辺雄司 (居谷在住)