民具補説
                 トビグチ
 私たちが子どもの頃(1940年代)に火事があると、大人は、畑や田から野良着のままで火事場に走っていくのでした。 そのころは、重立ち衆(村の有力者)の家にはトビグチがあったので家に寄りトビグチをもって火事場に駆けつけたものでした。
 私たち子どもも駆けつけてその様子を見ていると、燃え崩れた柱などを引き出して散らし早く火が収めるためにトビグチを使っていました。
 また、隣の家に火が移らないように茅葺き屋根に長い梯子をかけて屋根まで手渡して手桶の水を運び水をかけるのでした。
 他の人は椀用ポンプを交代で操作したり、手桶で水を汲んで手渡しでかけるのでしたが、椀用ポンプも十分に水が無いと役に立たず大抵は消火することは出来ず火の手は広がり建物全体が炎につつまれ、しばらく燃えるとどっと倒れるのでした。
 そうこうしているうちに腰に長いサーベルを下げた巡査が馬に乗ってきて火元の当主に厳しい口調で問いただし、トビグチを持っていない人には「トビグチをもたず何が出来るか」と怒鳴っている姿が見えました。次には見物している私たち子どもが叱られることが分かるので巡査が現れると一目散に逃げ帰ったものでした。
 そんなことから、その後大抵の家にはトビグチが備え付けられるようになったのでした。
 トビグチの名前について祖父に聞いてみたことがありますが、「鳥のトンビのくちばしに似ているから」とのことでした。
                文 田辺雄司 (居谷在住)