民具補説
                 腕用ポンプ
 石黒では終戦直後(昭和30年頃)までは腕用ポンプが使われていました。片方のハンドルに4人ずつで計8人で「ワッショイ、ワッショイ」とかけ声勇ましく全身の力で押すのでした。力をぬくとハンドルが勢いよく上がるので大けがりのもととなりますので注意を要しました。
 火災居現場で実際に一台のポンプをもむのには何十人もの人が必要でした。5分〜10分で交代しなければつとまらなかったのではないかと思います。とくに、石黒のような山坂の多いとところは運搬からして大変なことでした。
 腕用ポンプは明治の初めに日本に入ってきて昭和30年頃までの長い間使われ放水の高さは27mにも達しましたと聞きます。
 しかし、当時は防火用水の施設もなく、時には、十分の水源もなく力尽きるまでポンプをもんでも火の勢いにはかなわないこともあり、くたくたに疲れて切って炊き出しのにぎりめしも喉を通らないこともあるほどでした。
 また、豪雪地帯の石黒では冬季の火災は水がないためポンプは役に立たず、手の尽くしようもないことが多かったと思います。
                  文・図 田辺雄司(居谷)