民具補説
             すまし汁(せんじ汁)
 昔(昭和20年代まで)は冠婚葬祭時などの煮物や煮付けなどは、すべてすまし汁を使って煮たものでした。
 私が今も忘れないのは、ツトッコ(ワラ製トレイ)に入れた正月の芋類とゴボウ、ニンジンなどの煮付けや田植え時の煮物の美味しかったことです。
 とくに忘れられないのは、田植え時の煮物で前年に収穫したシワシワのジャガイモに身欠きニシンにゼンマイ、あるいは春の天日で干した切り干し大根の煮物の味です。
 これらは皆、醤油ではなくすまし汁で煮たもので、とても味に軟らかなコクがあり美味しかったものです。
 田植えの手伝いに来てくれた人たちは、「ここの家に来なければこんな美味しい煮付けは食べられない」などと賞めて空のワッパ(めんつ)に入れて持ち帰る人もいました。
 私は、今でも豆と塩を混ぜて造った味噌からどうしてあんな美味しい味が出るのであろうかと不思議に思っています。
 ちなみに、昔のこの味を懐かしく、スーパーで買った味噌で昔通りのやり方で一度、すまし汁を作ってみましたが只塩辛いばかりで数年熟成させた昔の味噌から作るすまし汁の味わいとはほど遠いものでした。

 昔、このすまし汁を作るときには、大きな鍋に味噌をお玉柄杓で3杯ほど入れて、煮立った所で、あらかじめ用意しておいた手ぬぐいで作った袋に煮汁を入れて手桶の柄にぶら下げておくのでした。すると布目を通った汁がポタポタと桶の底に落ちてたまるのでした。それが、「すまし汁」とか「せんじ汁」と呼ばれるものでした。
 すまし汁は、正月には必ずといってよいほどどこの家でも作ったものでした。それを使って年始客の吸い物の味付けをしたり、手打ち蕎麦のつゆを作ったりしたのです。
 その他、冠婚葬祭の時は言うまでもなく、田植えなどで大勢のトウド(手伝い)のまかないでは煮汁を使って煮物をしたものです。
 下に、作り方の様子を図で示しました。

文・図 田辺雄司 (居谷)