フキ(蕗)

大橋末治(2013.4.1

過日、知人宅を訪問した折、是非、見せたいものがあると言われ、見せて頂いたものが、日本が世界に誇る「トイレ」であった。最近の日本のトイレは、世界一と言うだけあって、目を見張るものがあった。トイレの扉の自動開閉に始まり、室内照明、暖房、おしりの自動洗浄・乾燥まで自動である。人は、何一つ手出しできないようにまでなった。その地域の生活レベルを最も端的に評価できるのが「トイレ」と聞いている。確かに、日本では半世紀前、夢でも見られなかったものが現実になった。

帰途、車窓から景色を眺めていると、沢山のフキ栽培の畑が目にはいった。この辺(知多半島)はフキの生産量日本一と聞いている。フキを見ていて、昔(昭和30年頃まで)の石黒時代の生活のことが頭を駆け巡った。

当時、石黒では春が来ると、草木の芽吹きが音をたてるように始まり、そしてあたり一面に広がった。豪雪の雪国の半年間は長く、殊に、春の訪れを皆が首を長くして待ち望んでいた。春にはフキノトウ、ノノバ、ウドなど食卓を飾る植物も競って芽を出した。

中でも、フキはトウ、茎、葉の全てが活用され貴重な植物であった。フキノトウは、周りに雪を従えて芽を出し最初に春を運んだ。フキノトウは香りが独特で酒の「つまみ」などとしても重宝された。フキの茎は煮物やサラダなどにして食べることができ、長期間食卓に供されていた。新鮮なフキの葉は、くるりとお椀状に巻き、水を飲むコップ代わりとしても大いに活用した。フキ独特の香りと一緒に飲む水は、とても美味かった。

一方、フキの葉はトイレの「おしりふき」に使用された。「フキ」という言葉は「拭く」から来たという説もあると聞く。「おしりふき」の葉は、軽く乾燥したものを沢山トイレの籠に入れておき使った。葉は採りたてより、少し乾燥したものが破れず目的に適っていた。勿論、人・家畜の糞尿は、畑の肥料として活用されていた時代であり、フキ使用は合理的であったことは言うまでもない。 

最近、周りで聞く話に、大災害が発生し生活基幹や交通が機能しなくなった時の最も困ることの一つが「トイレ」問題だとのことである。些細なことであるが、ひと昔前の生活の知恵は、こんな状況下でも、活かせるような気がする。

勿論、自分を含めてのことであるが、「バチが当たる」、「もったいない」、「せつない」などの言葉が死語化していくのと同様に、利便性を優先してきた昨今の風情には、考えさせられているこの頃である。

 (愛知県在住)